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かっちゃん日記〜上地克明Blog記事一覧

兄弟・・・・「それじゃ また」

急逝した、赤池智彦君 弔辞  12月23日 浄栄寺

赤池君、赤池、智ちゃん、智彦、みんなに愛された君だから、色々な呼び方があるけれど、
今日はいつも二人でいる時のように 「兄弟」そして「俺」と呼ばせてもらうよ・・・・。

兄弟、みんな集まっているよ・・・・それにしても早すぎるよ・・・何の別れも言わぬまま

俺にとって保育園から一緒だった兄弟は憧れの存在だった。 腕っ節も強くて頭も良くて・・・・

兄弟が、高校、大学と様々な苦難を乗り越えて、天職ともいえる教員になり、その熱い思いと正義感で

多くの子供達に慕われ、教師として、そして校長として、大きな足跡を残してきたことをみんな知っている。

お互い、親のトラウマから逃れたくて、いや逃れられないまま、領域は違えど社会正義の実現こそ

我が人生と突き進んできたね・・・・・

兄弟がいつも「社会はこれで良いのか? 横須賀はこんなんでいいのか?」と、熱い、熱い口調で

俺に語りかけてきたことを思い出す。

また、俺が挫折したり、心が折れそうになっている時、必ず兄弟が現われて、「俺はカッチャンの

こと良くわかっているから」と励ましてくれたお陰で、どれだけ救われたことか・・・。

それも一回や二回どころでじゃなかった。  兄弟がいたからこそ俺も生きてこられた。

その度に、「心ない世間」や「不条理な社会」に、お互い道は違えども立ち向かって行こうと良く

話をしたよな。 兄弟がいなければ今の俺はいない。 

敵幾千あれど我行かんと信念を持ち続けられたのも、兄弟に褒められたかったからに他ならない。

俺とは折り合いが悪かった親父を、よく訪ねては話相手になってくれた優しい兄弟。

「すべて愛だよな、愛」 なあ 兄弟・・

議員の立場で言うと、あの「横須賀市いじめ条例」も兄弟の熱い提言を受けて、本会議で教育委員会

にその必要性を強く迫った結果できた条例です。

ほとんど誰も知らないだろうが、文科省の「いじめ防止基本方針」が策定される前に、

「いじめ防止条例プロジェクトチーム」ができたのも、また、この条例が、「いじめ」だけではなく

、全国的にも珍しい「教師の体罰や地域住民のトラブル」まで条文で規定しているのは、現場の問題を

熟知していた兄弟の提言のおかげです。

また、東北大震災の影響を受けて、横須賀市が防災計画を策定しようとしたが、避難拠点である

学校現場と当局の祖語により、計画そのものが暗礁に乗り上げていたところ、自らの学校を拠点とする

詳細な防災計画を兄弟が練り上げてしまったのだが、今、これが横須賀市の防災計画の雛型になって

いる事実もほとんど知られていない。

兄弟、政治の側にいる人間からすれば、これは本当にすごいことなんだよ・・・

兄弟のことだから、俺達の知らないところでも多くの社会貢献をしてたんだろうね。

まだまだ、言い尽くせぬことがいっぱいあるよ・・・・

きっとみんなも同じ気持ちだよ。

熱血快男子、赤池智彦・・・俺の兄弟

横須賀のために駆け抜けた、本当にあっぱれな、そして見事な人生。

本当に、本当にお疲れ様・・。

さよならは言いません。

勝己たちといずれそっちへいくから・・・また、酒を飲んで熱く語ろうぜ、兄弟。

いつものように。「それじゃ、また・・・・・」

兄弟

上地克明

ニューウイング横須賀地域主権会議・・・・&わがまま

9月付けで、「ニューウィング横須賀」の名称を「ニューウィング横須賀地域主権会議」と政党名に変えた。
「新生よこすか」から始まり、やはり自分の使命は「地域主権」とあらためて思い起こし、「よこすか党」として
再出発した。「主権会議」の宣言や考え方、また、これまでの議会活動の報告も掲載しました。
この生き方は、恐れ多いかもしれないが、やはり恩師、田川先生にかぶってきているような気がする。
この記念といっちゃなんですが、せがれの「わがまま」をアレンジして横須賀をモチーフ(アンマリつながらないが・・ヘヘ)にしてアップしました。 今後ともよろしくお願いします。   

宮古のカッチャン

昨日は各方面から誕生日のお祝いのメッセージをいただきまして有難うございました。
ところが・・・・
一昨日の晩、宮古の従兄弟で本当の兄弟のように思っていた「宮古のカッチャン」が急逝したとの報。
全く信じられず、あわてて昨日、宮古島に夫婦で朝一の飛行機で急行。
出棺直前、まるで待っててくれたような面持ちの、冷たくなって無言の「カッチャン」と対面・・・・
「ウソだろ・・オイ」・・・言葉にならなかった。
挫折感に苛まれたり、精神的におかしくなる度に、いつも励ましてくれた本当の理解者だった。
若い頃、横須賀で働き、暴れん坊で雄々しくむちゃくちゃだったが、愛すべき人柄で本当に情が深かった。
オヤジの世話で若い頃横須賀に来たのだが、むしろ俺よりオヤジに性格が似ていた。
最近は体調を崩していたようだったが、宮古へ行く度に仲間達の世話も引き受けてくれていた。
一週間ほど前、突然「元気、今年もよろしく」と他人行儀の電話に違和感を覚えたのだが、
これが最後の別れになるとは・・・・・・
あれだけの存在感があったカッチャンを突然失い、慟哭の中でも私に感謝の気持ちを伝えてくれる、
熱くそして深い伯母や嫁の気持ちを感じると、慰めの言葉すら見つからなかった・・・・・・・・・
俺にとって宮古と言えばカッチャンであり、宮古の存在すら薄くなりそう。
亡くなった日の昼間、マサ母宅に現れ、いつも通りブキッチョで乱暴な言い方で「いいから黙ってろ」と、
勝手にキビ狩りや庭の手入れをして夕方に帰って行ったらしい。
虫のしらせか、最後の孝行になってしまったようだが、情の深い伯母のことを考えると・・・・・
あまりに突然で、自分自身も気持ちの整理がつかないが、心の一部分に穴が空いてしまったのは確かなようだ。
この59歳の悲しい誕生日はいつまでも忘れられないだろう・・・・・・・・合掌

有難うございました

先日の賀詞交歓会には、寒さ厳しき折柄、多くの皆さんに足を運んでいただきまして有難うございました。
心から御礼申し上げます。
前日に女房から、「どこの政党や団体にも所属しないで、ずーと言いたいことだけを言い続け、やりたいことをやってきて、応援しても何のメリットもない貴方を支持してくれる皆さんの無償の愛を本当に分かってるの?」
俺「分かってるよ、本当にに有難いと思っているよ」
女房「いや、わかってない」
  「どこの世界にいても、長いものには巻かれたり、言いたいことを我慢しながら生きるのが当たり前なのに
   だいたい長いものに巻かれると言う意味も分からず、家族はともかく、どれだけの人に迷惑かけて生きてきたと思っ   てるの(怒、怒、怒・・・・)」
俺「・・・・・・・・」
なんか悪いことしたかな、機、機嫌悪いのかな・・・?
CDアルバム出したいって言ったのがいけなかったのな?
酔っ払って記憶なくしてなんかしたかな?
この前、家締め出しちゃったの怒ってんのかな?

こんな不安を抱えながら、今年も気の小さい私が、また、また、皆さんに熱く語ってしまいました。
この年になりながら自らの思いの強さに、恥ずかしさも覚えますが、多くの皆さんのご激励をいただきまして、本当に有難うございました。
今年もまったく迎合せずに、強い信念を持って、「私が信ずる市民のため」に頑張ります。
(でももう少し融通が効いた方がいいのかな・・・でも融通の意味も良く分かってないかもしれない・・・)

悪女について

昨日の「悪女について」良かったなあ・・・・・
久しぶりに雄輔の役者としての顔が見れた。
親としてやはり本業の姿を見ると「ホッ」とする。
親バカなのだろう、自分も波乱万丈の人生を送ってきたせいか、いつも雄輔には
ハラハラドキドキ・・・・
いつまでたっても女房のように肝が座らん、情けない・・トホッ
しかし、「悪女・・・」は昭和のレトロの感じと豪華な俳優人、そして有吉佐和子女史
らしいストーリー、うん、良かった、良かった。
今から比べれば、まだまだみんな貧しく、一生懸命で、心があった時代・・・・
時々バックに映されていたテレビから、古き良き時代が連想できた。
「もしあの時代に雄輔がいたとしたら、社会は受け入れたのだろうか」と考えると、
「時代が人を創るんだな」とつくづく思う。
あの頃の自分は「俺が時代を創る」と肩をいからせ生きていた。
今から思えばマンガのようだが、少なくともそれが生きる原動力になっていた。
多かれ少なかれみんな夢を持っていた時代・・・・・思い出すなあ

それにしても沢尻エリカちゃん良かったなあ・・・・
ラブシーンで「雄輔羨ましいなあ」と言ったら
船越家みたいに女房に怒られた。
昔も今も男はそんなに変わらないだろうよ・・・

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